第125回 なぜアルガミシュは赤の他人のアルカドに自らの遺産を相続させたか

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今回のテーマは遺産相続です。

大きな資産を築き上げたお金持ちも、人間である以上自然の摂理によって必ず老い、そしていつか必ず亡くなります。しかし築き上げた資産は基本的に(少なくとも)所有者が亡くなるまでは限りなく勝手に膨張し続けるでしょう。

大きな資産を築き上げた人間は「生ある者は必ず滅びる」ことをもちろん理解しています。だからこそ築き上げた資産(の大部分)を誰に(あるいはどこに)継承する(譲り渡す)べきかについては、かなりしっかり考えると思います。なぜなら、もしも彼の代々の後継者達が適切に管理できたなら、資産とは永遠の命を持ち得る存在だからです。

さて、もしお子様がいらっしゃるなら「お子様へ」となりそうなものですが、必ずしもそうなるとは限りません。

もしもわが子に「大きな資産を持つに相応(ふさわ)しいだけの器(うつわ)、つまりお金の器の大きさが、残念ながら不足している」と判断した場合には、遺言書によって(遺留分を除き)みずからの遺産の大部分は子供以外の誰か、あるいは団体・組織に行くように手配しておくでしょう。たとえば財産のほとんどを自分が気に入った慈善団体へ寄付するとか。

これは、お金の器(うつわ)が不足している子供を「愛していない」という事ではありません。器に見合わない過剰な遺産を残しても、子供が不幸になる可能性が高いと知っているからです。貧乏な人( = お金の器が小さい人)が宝くじで高額当選すると、高い確率で瞬く間に全てを失ってしまって当選する以前よりもさらにもっと貧困に陥ってしまうのと全く同じ理屈です。

また、大きな資産を築き上げた人にとって、みずからが築き上げた財産にはやはり愛着があります。従って自分の『愛する財産』を自分の死後に誰が管理(所有)運営するのかは大いに気になるところです。みずからの大切な財産は、みずからと親しい人々の中で、それを所有するに最も相応しい人物にこそ、自分の死後には託したくなるわけです。

有名なジョージ・S・クレイソン著『バビロンの大富豪』に登場する大金持ちの老アルガミシュも、みずからの死を覚悟した時、彼の莫大な遺産の最もコアな部分を血の繋がった実の息子にではなく赤の他人であるアルカドに相続させました。

理由は、若き日のアルカドが彼(老アルガミシュ)の助言を真摯に聞き、長年に渡ってその教えを実践し続け、アルカド自身がすでに独力で富を築くことに成功していたからです。

これに対して、老アルガミシュの実の息子は「金を使うことにしか興味がない」状態で、莫大な遺産を適切に管理・運用して発展・拡大させる能力など到底望むべくもない。このような愚か者に遺産の最もコアな部分を譲るなどまっぴら御免だ!というわけです。ちなみに私自身も全く同じ考えです。

キリスト教の新約聖書には次のような文言があります。

「持っている者はさらに与えられてより豊かになり、

持たざる者は今持っている物さえも奪われる」

少なくとも独力で富を築く事に成功した本当のお金持ちなら、この聖書の言葉を実行する可能性が高いと私は思います。まぁこの言葉の後段はさすがに実行しないと思いますが、前段はまさしく言葉通りに実行したいと、本当のお金持ちなら誰でも思っていることでしょう。

つまり、遺産を譲り受ける候補の中で、最も経済的に成功した者(すなわち独力で大きな財産を築き上げ、適切に管理し、さらに発展・拡大させることが出来た者、その能力が実証された者)にこそ、最も多くを与えたい。可能なら遺産全てを相続させたい。

外部への寄付ではなく、とりわけ身内への相続の場合、お金を必要とする者、あるいは必要を訴える者( = 持たざる者)にももちろん(親子ですから)多少は与えるでしょうが、最も大きな部分、最も巨額な部分は持つに値する者( = 充分な大きさの『お金の器』を実証できた者)に与える。

もし幸運にも実の子供達がみんな充分な大きさの『お金の器』を持てていることをついに実証できたなら、その場合は子供達のそれぞれの器の大きさに比例させて遺産を分配するでしょう。

そして、もちろん以上の意思と指示は、法務のプロの助けを借りて、法的に効力のある公正証書遺言に厳密にまとめ、遺言執行についても前もって資格を持ったプロに依頼しておく。彼らの準備に抜かりはありません。

以上のように「大には大を与え、小には小を与える」すなわち「相応しき者に相応しき物を与える」という遺産相続のやり方こそが、真のお金持ちの偽らざる本音・本心であり、哲学であり、リアルに最も正しい賢明な判断であると私は確信します。

もちろん「いつも親切にしてくれる」など人間的な部分は大いに重要だし、遺言内容に巨大な影響を与えること必至ですが、今回のテーマとは違うので、後日また別に取り上げたいと思います。また今回、論点をシンプルにして分かりやすくするため、あえて配偶者への相続分については触れませんでした。この点についても後日また別で取り上げたいと思います。

(文: UEDA / 挿絵:αβγ)


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