第126回 遺言書を戦略資産にしてみませんか


今回も遺産相続についてです。前回の記事「なぜアルガミシュは…」の続編ですね。まず一番最初に次の言葉をお伝えしたいです。

「遺言書なき遺産相続は地獄」

生前に遺言書を書くことを怠ると、自分が死んだ後に兄弟・姉妹間の(数年から下手したら十数年間にも及ぶ)争いを誘発する可能性があります。(この場合、ようやく争いが終わった後も兄弟・姉妹は縁切り状態になってしまうことが多い)あるいは、どこの銀行、どこの証券会社にいくらあるのかが全く分からず、残された家族が調べるのに地獄の思いをするとか。さらにもっともっと恐ろしい相続税地獄(相続税の納税は亡くなってから10ヶ月以内という期限があります)に陥るとか。

このように、残された家族に地獄の思いをさせたくないなら、遺言書の作成はマストです。絶対に絶対に必要です。これは、あなたの資産額の多寡に関係ありません。それどころか、むしろ相続財産がさほど多くない人のほうが、より激しい係争に発展する事例が今の世の中には溢れているのです。

「遺言書なんて縁起でもない!」

などと頭の固い意固地な事を(たとえわずか1ミリでも)思っておられるなら、それはあまりにも自分勝手で視野狭窄としか言いようがありません。そして、あまりにも知恵が足りない。あまりにも勿体無さ過ぎる。

なぜなら、遺言書は極めて有効な戦略資産になり得るからです。単にあなたの死後のためだけでなく、あなたを含めたご家族全員のまさに今を実り豊かにするのに有効なのです。これは特に現時点それなりに大きな資産を築いておられるお金持ちの場合は尚更です。

あなたは、あなたの家族、あなたの子供や孫、さらには子々孫々に至る、今現在この瞬間から遠い未来に至るまでの超長期的なご家族の幸せを望みますか? もし望むなら、遺言書はとても有効な手段となり得ます。なぜなら遺言書には、単に死後の財産の分け方だけでなく、あなたの人生哲学を文章として書き記すことができるからです。しかも家族全員に繰り返し読んでもらえる可能性が期待できる『遺言書』というカタチによって。つまり、家族が子々孫々まで末長く幸せに生きるために貢献できる、あなたの『遺訓』を書き記すことができるのです。いかがですか? なかなか良いと思われませんか?

それでは以下に私 UEDA が提唱する「遺言書を戦略資産に変えるための3つの大原則」をお示しいたします。

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遺言書を戦略資産に変えるための3つの大原則

①費用がかかっても、遺言書は公証人が介在する公正証書遺言にすべきです。なぜなら法的な有効性についての疑義が永久消滅するからです。

②遺言書はただ一度だけ作るべきものではありません。特にお金持ちな人ほど、定期的に何度も何度も作り直すべきものです。作り直す理由は、ひとつは状況の変化に対応するため、もうひとつは遺言書に戦略的な威力を持たせるためです。

③遺言書は秘密にすべきものではありません。出来上がるたびにそのコピーを相続にかかわる関係者全員に渡すべきものです。なぜなら、彼ら彼女ら(遺産の)相続人たちが(今現在)遺言書の内容を知っておく事こそが最も必要な事であり大事な事だからです。

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この戦略的遺言書を作るにあたっての注意事項を以下に説明いたします。

まず、この戦略的遺言書は、家族の幸せが目的であることを忘れないこと。そして、あくまでも導くというスタンスを心の中に期しつつも、絶対に相続人たちをコントロールしようと考えないこと。これは凄く大事です。

この「導く」と「コントロール」の違いは微妙であり難しいです。しかし、絶対に克服すべき課題です。他人(子供は親しい他人と考えた方が良好な親子関係を築きやすい(※1))をコントロールできると考えてはいけません。このような考えを少しでも持って遺言書の作成に臨むと、その邪心が文言に現れてしまいます。そして相続人たちにあなたの「コントロールしてやろう」とする意図が伝わってしまいます。この瞬間、あなたの遺言書のとりわけ「遺訓」についての文章は一気にお子様への影響力を失います。

だから遺言書には感謝と謙虚さが必要です。遺言書を作成するのはあなたの課題です。しかしその遺言書をどう受け取るかは相続人たちの課題です。彼ら彼女らが遺言書の文章にどのような印象を持ち、どのように受け取るかについて、あなたは一切介入することができません。あなたは、ただひたすら彼ら彼女らの幸せを願い遺言書の中身を「導き」を中心に据えて、正しく伝わるよう努力するのみです。もしも一度作り終わった遺言書が、年月が経つにつれてその欠陥が見えてきたなら、その時また作り直せば良いのです。

次に、一番最初に作る遺言書(最初の遺言書作成時期を仮に50代(※2)の頃と想定しましょう)は、自分の心の中で「これは最終形ではない」とはっきりと自覚して作ることです。繰り返しますが、私がお勧めするのは、ただの遺言書ではありません。戦略的遺言書です。生きている今にも資する遺言書です。だからこそ、最期は結果的に最終形になりますが、常に今を大切にする意図を大いに遺言書に込めるのです。言い方を変えると、最初に作る遺言書から最終形の遺言書までのグランドデザインは最初から考えておくべきという事でもあります。

たとえば、あなたの配偶者への相続分は、最終形においては極力少なくして子供たち(充分なお金の器が持てたと仮定してですが)への比率を極限まで高める方が合理的です。なぜなら二次相続(子供達へ行く前に配偶者を経由する相続)は相続税の観点から割が悪いからです。

しかしながら、最初に作る(最終形ではない)遺言書では、なるべく配偶者に多め(たとえば全体の4分の3)にしておくと、夫婦関係の今に良い影響をもたらす可能性がありますよね。そして子供たちの配分を少なめにする(たとえば二人なら全体の8分の1ずつ)ことによって、子供たちに経済的な自立を促せます。なかなかに戦略的とは思われませんか?

いずれにしろ、現在のメリットを考えながらも、あなたの意図、あなたが決めたルールを広く、透明性高く、明文化して明確化することです。子供たちは、自立を大前提としつつも自らの奮起によって未来がさらにより好転する可能性を感じる事ができる。

「内容に良くない点が見つかった」あるいは「内容が古くなった」と思ったら作り直す。きっと作り直すたびにどんどんあなたの遺言書書きの腕前は上達して、より完成度の高い遺言書が書けるようになると思います。そしてやがて最終形に辿り着く頃(その時は将来ある日突然やってくるわけですが)には、子々孫々までも受け継がれ得る不滅の『遺訓』にまで昇華されている可能性だって無きにしもあらずですよ。(笑)

ちなみに「定期的に書き換える遺言書」を作ることが親子関係において「親にとってメリットがあるようにしよう」とは考えない事をお勧めします。繰り返しますが、遺言書を「親が得するために利用してやろう」とするのはお勧めしません。それはアンフェアなことだと私は思います。

特に親切な子供に結果として遺言書において便宜を図ることを完全には否定はしませんが、少なくとも最初から意図すべきではないと私は考えます。子供達に競争させてはなりません。彼ら彼女らには競争よりも協力関係を奨励すべきです。

最後に、、、私は「公正証書遺言にすれば遺言書の法的な有効性についての疑義が永久消滅する」と、先に書きました。しかしそれは、公正証書遺言を作りさえすれば兄弟姉妹間の争いが 100%防止できる事を必ずしも意味しません。もしも遺言書が、あなたの死後初めて公開された場合は、兄弟姉妹間で不満が飛び出す可能性は大いにあり得ます。また、彼ら彼女らは(公正証書遺言があっても)もし不満があれば裁判で争う事だって(原理的には)出来てしまいます。

でも、生前に遺言書のコピーを相続予定者全員に配布しておきさえすれば、このような無用の争いはあっけなく防ぐことができます。要するに「もしも万一遺言書に不満な点があったなら(充分にたっぷりと時間がある)私が生きている今のうちに言っとけよ」と出来るからです。

(文: UEDA / 挿絵:αβγ)

(※1)親子関係で最もミスしやすいのは、親が子供との距離感を誤ることです。親が子供に対し「親しい他人」といった意識を持つ事によって、良好な親子関係をもたらす健全な距離感を回復できるというのが、アドラー心理学からの知見です。

(※2)公正証書遺言の作成にはそれなりの費用がかかりますので、一番最初の遺言書をいつ作るか、どの程度の頻度で更新するかは各自でご判断いただくしかありません。私 UEDA 個人については 10年ごとに遺言書を更新する計画ですが、必要を感じれば更新頻度をさらに上げる可能性もあり得ます。


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