今回は「意識的な思考」と「無意識的な思考」と「運」の話です。
ここで言う「運」とは、純然たるサイコロ振りではありません。もう少し複雑です。
優れている(成績をとりあえず出している)投資家は、投資判断をするにあたり確かに論理的思考を巡らせます。しかし彼のアウトプット( = 結論)が、純然たる論理的思考のみで導き出されたかと言えば、ほぼ間違いなく違うと私は思います。全ての人は物事を思考するに当たって、表面に現れて自身が認識できるいわゆる「意識的な思考」と、表面には現れず自身も認識できない「無意識的な思考」との共同作業で行われていると思います。これは私に限らず、あなたもです。
そしてこの点こそ、ある特定の投資家からその技を学ぶ事の困難さを如実に表しています。極言するなら、優れた投資家自身ですら自らの能力ややり方を完全には理解できていない。だからそれを他人に教える事ができないという事です。
優れている(と思われる)投資家が、ある結論をくだした時、彼はその理由をロジカルに他者に説明することはできます。そして他者はそれを聞いて理解することもできます。しかし、なぜよりによってそのロジックなのか? 他にも無数のロジックが考え得るのになぜ? おそらく彼にはその理由は答えられない。なぜなら、よりによってそのロジックを使うことを決めたのは、彼の無意識(意識できない思考)だからです。
私 UEDA は、S&P500 への集中投資だけでなく、かなり以前からゴールドの比率を高めていました。それは結果的に私の最近のパフォーマンスを大いに高めてくれました。しかし、私がゴールドを持つことを本格的に周りの人に勧め始めたのは、せいぜい2025年8月始め頃です。私自身はそれよりも1年以上も前にゴールド現物をかなり大きく買い増ししていました。(2024年7月半ば頃)しかし、その時私は、ゴールドのポジションを増やすことを周りに薦めませんでした。なぜなら、少なくともその時の私の表面意識は「まだそうすべきでない」と考えていたからです。今これを他人に勧めるのは無責任だと。自分自身は大きい買い増しを現実に実行しているのに!
早くもコロナ禍のスタートである2020年から続いてきた私の S&P500 とゴールドとのコンビネーションは、今でこそ「ゴルカン」だの「ゴルナス」だのと注目されつつあります。私も最近は盛んに S&P500 とゴールドとのコンビネーションをブログ記事などに書いて薦めています。しかし、私の行動はそれよりもはるかに早い時期に実行されており、しかも実行したその時は、少なくとも私以外の人に「私と同じことを勧めるべきでない」と私の表面意識が認識していたという事です。なぜなら不確かである(絶対の確信がない)から。他人に勧めるのは無責任だと思えたから。しかし不確かだと(表面意識は)思いながら、自身は一片の迷い無くかなり大きい金現物買いを実行している。
投資が上手な人からは、きっとたくさんの事が学べます。しかし、その人の根幹となる判断力は(おそらく)学べません。なぜなら、その人ご自身も自分自身の判断に対して、その全貌は把握できていないからです。表面意識の思考は言語化して説明できます。しかし無意識の思考は本人にも言語化できない。どころか本人はその詳細すら見えていない。
極言すれば、それは「運」だとも言えます。私の無意識の判断が外れる可能性だって十分あり得た。たまたま無意識の思考結果が現実と偶然(今回は)一致しただけです。今までのところ私の無意識は(たまたま)良い判断をして来たという事になった。しかし、いつか私の無意識は現実と食い違った判断をするようになるかも知れない。だから過信してはいけない。
いずれにせよ、人は自分以外の人間になど決してなれない。だから、自分の特性、得意・不得意を受け入れて、自分自身というハードウエアを認めて受け入れた上で、ありのままのご自分を磨くしかない。誤解を恐れず言葉にするならあきらめるのです。あきらめるの語源は、明らかに見るであり、実は極めて積極的な態度なのです。幸い大枠で勝てる方法は「米国株インデックスの長期投資」である事がすでに分かっているので、この万人が成功する素晴らしい方法を主軸としながら、自分独自の得意技を(しかし謙虚に)磨いていくと良いのだと思います。そして特に短中期的には「運」の要素が極めて大きい事も自覚しておく必要があるなー、、、と最近私はぼんやりと考えております。
(文: UEDA / 挿絵:αβγ)

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